アメリカ科学業界の人種問題対策、実況と雑感

人種問題に揺れ動くアメリカ。学術業界は、どう立ち向かう?

ポスドク採用における人種・ジェンダーバイアス

アカデミア(少なくとも生物学分野)で研究者・教育者としてのキャリアを目指す人の多くは、博士号を取得した後にポスドクとして働きます。ポスドク期間中に新しい知識や技術を習得し、論文を出版し、業界内での人脈を広げることで、大学・研究所でPI(principal investigator、研究室の主宰者)・教員として採用されるような人材を目指します。現在はPI・教員の採用数よりもポスドク人口の方がだいぶ多く、競争が熾烈なので、ポスドク期間中の実績がその後のキャリア形成に大きく影響します。


ポスドク期間中にどれくらいの成果(研究・人脈ともに)が出せるかは、どの研究室に所属するかの大きく影響されます。また、どんな人をポスドクとして採用するかで、研究室の生産性は大きく左右されます。このため、ポスドクの採用がどのように行われるかは大学院生・PIの双方にとって重要な問題です。

 

大学院生の採用やPI・教員の採用とは異なり、ポスドク採用はPI一人に権限があることが一般的です。大学院生はポスドクを志望する研究室のPI宛に履歴書(Curriculum VitaeもしくはCV)や志望動機を送り、PIはこれらの資料をもとにさらなる選考プロセスに進むかどうかを決めます。この書類審査に通った場合、推薦状の精査、大学院生の間に行った研究についてのプレゼン、研究室メンバーとの面接などをもとに、ポスドクとして採用するかどうかをPIが判断します。このように、選考プロセス全体を通してPIが中心的役割を果たすことから、ポスドク採用の公正さはPIにかかっていると考えられます。

 

最近の研究で、ポスドク採用の最初のプロセスであるCVの評価に、人種・ジェンダーバイアスがあることがわかりました。

 

科学誌サイエンスの記事(リンクは下)で紹介されている研究では、アメリカのSTEM分野において人種・ジェンダーポスドク採用に与える影響を検討するために、ある実験を行いました。実験の対象は、研究に力を入れている8つの大学に所属する物理学・生物学の大学教授251人。この人たちに、CVのフォーマットが応募者の評価に与える影響を調べていると言って、ポスドク先を探す大学院生を想定して作成したCVを渡し、能力(competence)や雇われる可能性(hireability)を評価してもらいます。しかし、この実験目的は偽物で、本当の目的は人種やジェンダーが評価に与える影響を調べること。この目的を達成するために、内容はまったく一緒で、名前だけを異なる人種(アジア系、黒人、ラテン系、白人)や性別を連想させるものにしたCVを作り、実験を行いました。

 

まずはジェンダーに関する結果です。物理学の分野では、能力・雇用可能性ともに、男性が女性よりも高く評価されました。名前以外は同一のCVをもとにした評価なので、物理学のポスドク雇用においては、女性ということだけでCVの評価が低くなってしまうことを示唆しています。一方、生物学の分野では、能力・雇用可能性の評価にジェンダーによる差はありませんでした。

 

次に、人種に関する結果です。物理学の分野では、アジア系・白人が黒人・ラテン系よりも能力・雇用可能性がともに高いと評価されました。生物学の分野では、アジア系・白人が黒人よりも能力ともに高い、またアジア系は黒人より雇用可能性も高いと評価されました。繰り返しになりますが、CVは名前以外同一です。どちらの分野でも、応募者が特定の人種であるということだけで、CVの評価が変わってしまうようです。

 

人種・ジェンダーバイアスによって、ポスドク雇用が不公平なものになってしまっている。この現状を変えるために、論文の著者たちはポスドクの選考をPI一人で行うのではなく、多様な視点とバックグラウンドを持った人々で構成される選考委員会で行うといいのではと提言しています。

 

わたしが勤務する研究所でも、黒人・ラテン系のポスドクはごく少数です。この原因の一端が採用プロセスにあるのかはわかりませんが、何か積極的な対策をしなければ、状況はなかなか変わらないのではと感じています。

 

科学誌サイエンスの記事
Katie Langin, (2019) Racial and gender biases plague postdoc hiring
https://www.sciencemag.org/careers/2019/06/racial-and-gender-biases-plague-postdoc-hiring?utm_campaign=SciMag&utm_source=JHubbard&utm_medium=Twitter

 

オリジナル論文
Eaton AA, Saunders JF, Jacobson RK, West K (2020) How Gender and Race
Stereotypes Impact the Advancement of Scholars in STEM: Professors’
Biased Evaluations of Physics and Biology Post-Doctoral Candidates.
Sex Roles 82:127–141.