アメリカ科学業界の人種問題対策、実況と雑感

人種問題に揺れ動くアメリカ。学術業界は、どう立ち向かう?

アカデミックキャリアから離れる人種的・民族的マイノリティ大学院生(前編)

学生への講義、研究室の主宰、大学の運営などを通して、アカデミアにおける研究・教育を牽引する大学教員(ファカルティ)。アメリカでは、この大学教員の人種比率が、人口全体の人種比率とずれています。

 

米国教育統計センター(NCES)によると、2017年にはアメリカの大学教員の76%が白人、11%がアジア・パシフィック系、6%が黒人、6%がヒスパニック系、1%がネイティブアメリカンもしくは複数人種でした。一方、2019年の人口全体における人種比率は、60%が白人、6%がアジア・パシフィック系、13%が黒人、19%がヒスパニック系、4%がネイティブアメリカンもしくは複数人種でした。両者の値を比べてみると、人種・民族的マイノリティ(黒人・ヒスパニック系・ネイティブアメリカン)の大学教員比率が、人口比率と比べてかなり低くなっていることがわかります。

 

大学教員の人種構成(NCES)
https://nces.ed.gov/fastfacts/display.asp?id=61

アメリカにおける人種別の人口(アメリカ合衆国国勢調査局)
https://www.census.gov/quickfacts/fact/table/US/RHI225219

 

人種・民族的マイノリティの大学教員を増やし、アカデミアにおけるダイバーシティを高めるためには、アカデミックキャリアパスのどの段階でマイノリティが抜けていくのかを理解することが大切です。今回は、この問題に関する研究論文をご紹介します。

 

Kenneth D Gibbs Jr, John McGready, Jessica C Bennett, Kimberly Griffin
Biomedical Science Ph.D. Career Interest Patterns by Race/Ethnicity and Gender
PLoS One. 2014 9:e114736.
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0114736

 

アメリカにおいて生命科学の博士号(Ph.D.)取得者の10%は人種・民族的マイノリティ(URM: under represented minority)ですが、医学部(medical school)で新規に採用された教員におけるURMの割合は2%にしかすぎません。様々な取り組みにもかかわらず、この2%という値は1980年からずっと変化しておらず、URMの大学教員はいまだに少ないままです。

 

ここ数十年で博士号取得者の数が大幅に増加したことにより、大学教員ポストに就句ことができる博士号取得者の割合は低下しました。1970年代には、生命科学博士号取得者のうち50%が博士号取得後5年以内に大学教員の職に就いていましたが、今日ではこの値は10.6%まで低下しています。このような事情を反映して、最近の博士課程大学院生は、博士課程に在籍する間にアカデミアの研究職に対する興味を失い、非アカデミアの非研究職への興味を増加させる傾向があります。

 

URMの大学教員が少ないこと、大学院生が博士課程中にアカデミア研究職への興味を失う傾向にあることから、この論文では以下の三点について検討しました。

  1. アカデミア研究職への興味の喪失は、社会的要因(人種、民族、ジェンダー)と関連するか?
  2. どの非社会的要因(個人的素因、学術能力に関する客観的指標、博士課程での経験)がどの程度、博士号取得時におけるアカデミアキャリアへの興味を予測するか?
  3. 非社会的要因の影響を取り除いても、社会的要因がキャリアの興味と関連するか?