アメリカ科学業界の人種問題対策、実況と雑感

人種問題に揺れ動くアメリカ。学術業界は、どう立ち向かう?

理系教育から去りゆく人種的・民族的マイノリティ(前編)

アメリカの科学研究業界の人種構成には偏りがあります。アメリカの人口全体における人種比率と比べて、学生・研究者における黒人やヒスパニック系の割合が低いのです。科学誌セルに関連する記事が出ていましたので、ご紹介します。

 

Race matters

David J Asai

Cell 2020 181:754-757.

https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.03.044

 

著者のDavidさんは、ハワード・ヒューズ医学研究所(HHMI, Howard Hughes Medical Institute)というアメリカの財団で、科学教育部門のシニアディレクターを務めています。もともとは研究者で、パデュー大学で19年間ラボを運営し、ダイニンという運動タンパク質複合体の研究を行っていましたが、2008年からはHHMIで科学教育に携わっています。

 

記事では、科学業界における人種的・民族的マイノリティの割合を増やすためには、マイノリティの人たちに働きかけるだけでは不十分で、科学業界のカルチャーをよりインクルーシブ(受容的)なものに変えていくことが必要だと論じています。

 

記事の中の図1に、黒人・ヒスパニック系・先住民(PEERs, persons excluded because of their ethnicity or race)が、理系教育から去っていく現状についてのデータが示されています。図では、PEERsの人口全体に占める割合、大学入学時にSTEM(科学・技術・工学・数学、science, technology, engineering, mathematics)を志望する学生に占める割合、STEMで学士号を取得した学生に占める割合、STEMで博士号を取得した学生に占める割合が、1992年と2017年でどう変化したかが示されています。

 

まずは、25年の間に改善した点です。1992年には、人口全体に占める割合(22%)に対し、大学入学時にSTEMを志望する学生は少なかった(12%)のですが、2017年には人口全体に占める割合(30%)よりもSTEM志望の学生の方が多くなりました(34%)。

 

しかし、25年の間にはよくならなかった点もありました。図2には、大学入学時にSTEMを志望した学生のうち、どのくらいの学生がSTEMで学士号を取得したかについてのデータが、PEERと非PEER(白人やアジア系)に分けて示されています。このデータを見ると、1992年と2017年のどちらでも、非PEERでは半数程度の学生が学士号を取得できたのに対し、PEERでは4分の1程度の学生しか学士号を取得できませんでした。

 

STEMを志望していながら、STEMで学士号を取得できない学生がPEERに多いのは、途中で専攻を変える学生が多いからです。なぜ専攻を変えてしまうのか。高校の成績や家庭環境が同じようなPEERと非PEERを比べてみても、やはりPEERの方がSTEM専攻をやめる率が高いので、学生個人に原因があるわけではなさそうです。著者は、これまで行われきた学生個人に対するサポートでは問題は解決しない、むしろSTEM教育をより受容的な環境にしていくことが重要ではないかと指摘し、改善策を提案します。

 

(つづく)