アメリカ科学業界の人種問題対策、実況と雑感

人種問題に揺れ動くアメリカ。学術業界は、どう立ち向かう?

アカデミックキャリアから離れる人種的・民族的マイノリティ大学院生(後編)

論文の著者たちは、アカデミア研究職への興味の喪失と、人種・ジェンダーとの関係を調べるために、著者たちは大規模なアンケート調査を行いました。2012年10月から2013年1月にかけてオンラインで調査を行い、医学・生物学の分野で、2007年から2012年の間に博士号を取得した1500人の調査結果を解析しました。アンケートでは、博士課程の開始時と終了時で、4種類のキャリア(研究中心の大学での教員職、教育中心の大学での教員職、企業や政府での研究職、研究以外の職)への興味がどの程度だったかを答えてもらいました。また、回答者を人種・民族性およびジェンダーで以下の4つのカテゴリーに分けました。

多数派男性:白人、アジア系の男性。
多数派女性:白人、アジア系の女性。
少数派男性:黒人、ヒスパニック、ネイティブアメリカン、ネイティブハワイアンの男性。
少数派女性:黒人、ヒスパニック、ネイティブアメリカン、ネイティブハワイアンの女性。

 

調査の結果、どのカテゴリーの回答者でも、博士課程のスタート時と終了時では、研究中心の大学での教員職に対する興味が大きく減少し、研究以外の職に対する興味が大きく上昇する傾向がありました。また、教育中心の大学での教員職に対する興味も少し減少し、企業や政府での研究職に対する興味は少し上昇していました。

 

次に、博士課程終了時におけるキャリアへの興味が、以下のような要因とどう関係しているかを調べました:社会的アイデンティティ(人種・民族性、ジェンダー)、個人的素質(博士課程開始時におけるキャリアへの興味、自信など)、客観的指標(筆頭著者論文の比率など)、博士課程での経験(指導教員とのインタラクションの度合い、帰属意識など)。

 

以下、人種・民族性、ジェンダー以外の要因に関する結果です。
・博士課程開始時にあるキャリアに興味を持っていた人は、博士課程終了時でもそのキャリアに興味を持っている傾向がある。
・筆頭著者論文の比率が高い人は、博士課程終了時に研究中心の大学での教員職に興味が高く、それ以外のキャリアに対して興味が低い傾向がある。
・トップ50の研究中心大学で博士課程を行なった人は、博士課程終了時に研究中心の大学での教員職への興味が低い傾向がある。
・指導教員からのキャリアサポートが高かったと感じている人は、博士課程終了時に研究中心の大学での教員職への興味が高い傾向がある。
・研究室や大学院に対する学問的、社会的な帰属意識の強さは、キャリアに対する興味と関係していなかった。

 

最後に、論文のメインテーマである人種・民族性、ジェンダーとの関係です。個人的素質、客観的指標、博士課程での経験による影響を補正した後でも、人種・民族性およびジェンダーと、博士課程終了時でのキャリアへの興味の間には関係がありました。

・多数派男性に比べ、他のカテゴリー(多数派女性、少数派男性、少数派女性)は、研究中心大学での教員職への興味が低い傾向がある。研究中心大学での教員職に強い興味があると答えた少数派男性の割合は、同様の興味を示す多数派男性の割合に比べて、40%低かった。この値は、多数派女性では36%、少数派女性では56%であった。
・人種・民族性、ジェンダーと教育中心大学での教員職および企業や政府での研究職に対する興味の間には関係がなかった。
・研究以外の職に対する興味は、多数派男性、多数派女性、少数派男性の間で差がなかった。しかし、少数派女性は、他のカテゴリーと比べ、研究以外の職に興味を示す割合が2倍であった。

 

以上の結果をまとめると、少数派男性と女性(多数派も少数派も)は、多数派男性と比べて、大学院博士課程の間にアカデミアでの研究職に対する興味を失う率が高いということです。

 

この研究から、人種・民族性やジェンダーがアカデミックキャリアの選択と強く関わることがデータで示されましたが、研究職に興味を失う原因がどこにあるかははっきりしていません。指導教員からのキャリアサポートが研究職への興味と関係していたことから、マイノリティの学生を対象としたプログラムだけでなく、指導教員のマイノリティ学生への教育を支援するプログラムも効果的なのではと感じました。

アカデミックキャリアから離れる人種的・民族的マイノリティ大学院生(前編)

学生への講義、研究室の主宰、大学の運営などを通して、アカデミアにおける研究・教育を牽引する大学教員(ファカルティ)。アメリカでは、この大学教員の人種比率が、人口全体の人種比率とずれています。

 

米国教育統計センター(NCES)によると、2017年にはアメリカの大学教員の76%が白人、11%がアジア・パシフィック系、6%が黒人、6%がヒスパニック系、1%がネイティブアメリカンもしくは複数人種でした。一方、2019年の人口全体における人種比率は、60%が白人、6%がアジア・パシフィック系、13%が黒人、19%がヒスパニック系、4%がネイティブアメリカンもしくは複数人種でした。両者の値を比べてみると、人種・民族的マイノリティ(黒人・ヒスパニック系・ネイティブアメリカン)の大学教員比率が、人口比率と比べてかなり低くなっていることがわかります。

 

大学教員の人種構成(NCES)
https://nces.ed.gov/fastfacts/display.asp?id=61

アメリカにおける人種別の人口(アメリカ合衆国国勢調査局)
https://www.census.gov/quickfacts/fact/table/US/RHI225219

 

人種・民族的マイノリティの大学教員を増やし、アカデミアにおけるダイバーシティを高めるためには、アカデミックキャリアパスのどの段階でマイノリティが抜けていくのかを理解することが大切です。今回は、この問題に関する研究論文をご紹介します。

 

Kenneth D Gibbs Jr, John McGready, Jessica C Bennett, Kimberly Griffin
Biomedical Science Ph.D. Career Interest Patterns by Race/Ethnicity and Gender
PLoS One. 2014 9:e114736.
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0114736

 

アメリカにおいて生命科学の博士号(Ph.D.)取得者の10%は人種・民族的マイノリティ(URM: under represented minority)ですが、医学部(medical school)で新規に採用された教員におけるURMの割合は2%にしかすぎません。様々な取り組みにもかかわらず、この2%という値は1980年からずっと変化しておらず、URMの大学教員はいまだに少ないままです。

 

ここ数十年で博士号取得者の数が大幅に増加したことにより、大学教員ポストに就句ことができる博士号取得者の割合は低下しました。1970年代には、生命科学博士号取得者のうち50%が博士号取得後5年以内に大学教員の職に就いていましたが、今日ではこの値は10.6%まで低下しています。このような事情を反映して、最近の博士課程大学院生は、博士課程に在籍する間にアカデミアの研究職に対する興味を失い、非アカデミアの非研究職への興味を増加させる傾向があります。

 

URMの大学教員が少ないこと、大学院生が博士課程中にアカデミア研究職への興味を失う傾向にあることから、この論文では以下の三点について検討しました。

  1. アカデミア研究職への興味の喪失は、社会的要因(人種、民族、ジェンダー)と関連するか?
  2. どの非社会的要因(個人的素因、学術能力に関する客観的指標、博士課程での経験)がどの程度、博士号取得時におけるアカデミアキャリアへの興味を予測するか?
  3. 非社会的要因の影響を取り除いても、社会的要因がキャリアの興味と関連するか?

 

理系教育から去りゆく人種的・民族的マイノリティ(後編)

前回のつづきです。


STEM教育をより受容的な環境にして、PEERs(黒人・ヒスパニック系・先住民) が理系教育から去るのを防ぐために、著者は3つの提案をします。以下、要約です。


一つ目は、PEERが理系教育から去るのは学力が足りないから、という考えを疑うことです。アメリカの大学入試は、SAT(アメリカ版センター試験のようなもの)のスコアだけでなく、高校の成績や課外活動、人種バランスなど、複数の要因を考慮して行われるので、同じ大学に入学する学生の間でもSATスコアはばらつきます。また、SATスコアは親の収入や学歴に相関するため、PEERの学生は白人やアジア系の学生に比べてSATスコアが低いかもしれません。しかし、SATのような統一テストのスコアが、その人の将来の成功を正確に予測できるわけではありません。だから、PEERの学生は学力不足だから理系教育を去るのは仕方ないという考え方を改めるべきです。


二つ目の提案は、「違い」について話す方法を身につけることです。ほとんどの教員・学生は、人種問題、偏見、差別についてどうやって話したらいいか、よくわかっていません。この問題を解消するために、HHMIではチームを組んで、関連する文献や動画を議論したり、外部からスピーカーを読んで話を聞いたり、専門家によって企画されたワークショップを行うことで、対話を増やしてきました。アメリカには、人種問題や差別に関する対話をサポートするNPOが多数あり、ワークショップを支援してくれます。また、HHMIによる多様性を推進するための大学院生向けフェローシップHHMI Gilliam graduate fellowships
program)では、大学院生を指導する教員に、文化の異なる学生への指導に関するトレーニングを受けるよう推奨しています。

三つ目は、科学教育のやり方を受容的なものに変えることです。STEMを志望していながらもSTEM専攻で卒業しない学生の大部分は、大学教育の初期で脱落していくことがわかっています。この状況を変えるためには、暗記型の教育から、思考型の教育に変えた方がいいでしょう。また、教員に需要的な指導法を学習する機会を与えるべきです。声のトーンや、相手の話を聞く姿勢といった小さなことが、特にPEERのサポートになるという研究結果もあります。さらに、需要的な教育を達成できたかどうかを、教員の昇進やテニュア終身雇用権)の審査に組み込むことも重要です。

以上、科学雑誌セルに掲載されていた人種問題に関する記事の紹介でした。記事を読んで、大学や研究所が他の専門的組織(NPOに依頼して、人種問題や受容的環境づくりに取り組んでいるのが興味深かったです。それぞれの大学でできることには限りがあるので、外部の助けを借りて、短時間で効果的に状況を変えていく。今後はこういった柔軟さが、日本のアカデミアでも重要になってくるのではと感じました。

理系教育から去りゆく人種的・民族的マイノリティ(前編)

アメリカの科学研究業界の人種構成には偏りがあります。アメリカの人口全体における人種比率と比べて、学生・研究者における黒人やヒスパニック系の割合が低いのです。科学誌セルに関連する記事が出ていましたので、ご紹介します。

 

Race matters

David J Asai

Cell 2020 181:754-757.

https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.03.044

 

著者のDavidさんは、ハワード・ヒューズ医学研究所(HHMI, Howard Hughes Medical Institute)というアメリカの財団で、科学教育部門のシニアディレクターを務めています。もともとは研究者で、パデュー大学で19年間ラボを運営し、ダイニンという運動タンパク質複合体の研究を行っていましたが、2008年からはHHMIで科学教育に携わっています。

 

記事では、科学業界における人種的・民族的マイノリティの割合を増やすためには、マイノリティの人たちに働きかけるだけでは不十分で、科学業界のカルチャーをよりインクルーシブ(受容的)なものに変えていくことが必要だと論じています。

 

記事の中の図1に、黒人・ヒスパニック系・先住民(PEERs, persons excluded because of their ethnicity or race)が、理系教育から去っていく現状についてのデータが示されています。図では、PEERsの人口全体に占める割合、大学入学時にSTEM(科学・技術・工学・数学、science, technology, engineering, mathematics)を志望する学生に占める割合、STEMで学士号を取得した学生に占める割合、STEMで博士号を取得した学生に占める割合が、1992年と2017年でどう変化したかが示されています。

 

まずは、25年の間に改善した点です。1992年には、人口全体に占める割合(22%)に対し、大学入学時にSTEMを志望する学生は少なかった(12%)のですが、2017年には人口全体に占める割合(30%)よりもSTEM志望の学生の方が多くなりました(34%)。

 

しかし、25年の間にはよくならなかった点もありました。図2には、大学入学時にSTEMを志望した学生のうち、どのくらいの学生がSTEMで学士号を取得したかについてのデータが、PEERと非PEER(白人やアジア系)に分けて示されています。このデータを見ると、1992年と2017年のどちらでも、非PEERでは半数程度の学生が学士号を取得できたのに対し、PEERでは4分の1程度の学生しか学士号を取得できませんでした。

 

STEMを志望していながら、STEMで学士号を取得できない学生がPEERに多いのは、途中で専攻を変える学生が多いからです。なぜ専攻を変えてしまうのか。高校の成績や家庭環境が同じようなPEERと非PEERを比べてみても、やはりPEERの方がSTEM専攻をやめる率が高いので、学生個人に原因があるわけではなさそうです。著者は、これまで行われきた学生個人に対するサポートでは問題は解決しない、むしろSTEM教育をより受容的な環境にしていくことが重要ではないかと指摘し、改善策を提案します。

 

(つづく)

アメリカの中学参考書でアメリカの歴史を学ぶ

BLM(black lives matter)運動の背景を理解するためにもっとアメリカの歴史を知りたいと思っていたところ、この本を見つけました。

この本はアメリカの中学生向けに書かれた参考書です。少し前に子ども用に購入してホコリをかぶっていたのですが、アメリカの歴史をざっと知るのにぴったりな内容だということに気づき、読んでみました。クラスでいちばん頭のいい子から借りてきたノートという設定で書かれていて、イラストが豊富で文章もわかりやすく、歴史の勉強が苦手なわたしでもスイスイ読めました。英語の学習にも役立つ本だと思います。

 

読んでみて、アフリカから奴隷として連れてこられた人たちが、いかにアメリカ合衆国の成り立ちに関わってきたのかよくわかった気がします。アメリカ合衆国が国として独立する以前の1700年代、アメリカ南部では何世代にもわたるプランテーションでの奴隷労働のおかげで、一部の人たちが豊かになりました。一方アメリカ北部では、奴隷を使った大規模農業は行われておらず、貿易や工業により経済が成り立っていました。奴隷制支持の南部と不支持の北部。この対立構造が1800年代中頃に南北戦争を引き起こし、リンカーンによる奴隷解放宣言につながりました。しかし、奴隷という身分がなくなってから、黒人が公民権を獲得するにはさらに100年ほどの年月が必要でした。現在においても、警察による暴力、所得・教育格差など、アメリカの黒人は不利な立場に追いやられたままです。

 

本の序盤に、アメリカにおける奴隷制という章があり、そこに人種主義と奴隷制の関係についての記述がありました。人種の間に優劣があるという人種主義の考え方は、奴隷の所有者が黒人奴隷制を維持・正当化するのに都合がよかった。そのため、人種主義と奴隷制は互いを強化する形で広まっていったという指摘です。当時の倫理観においても奴隷制を正当化することは難しかったため、人種主義という思想の助けが必要だったのだと考えられます。 

 

アメリカの歴史を概観してみて感じたのは、大統領のリーダーシップのもと、数十年単位で国の様相が大きく変化してきたということ。多様な文化や考え方を持った人たちがせめぎ合い、政治・経済・生活、どれもが目まぐるしく変化する。意見が対立した状態でも、いいと信じた方向に世界を変えていく。そういった信念が、アメリカを形作っているように思います。

ポスドク採用における人種・ジェンダーバイアス

アカデミア(少なくとも生物学分野)で研究者・教育者としてのキャリアを目指す人の多くは、博士号を取得した後にポスドクとして働きます。ポスドク期間中に新しい知識や技術を習得し、論文を出版し、業界内での人脈を広げることで、大学・研究所でPI(principal investigator、研究室の主宰者)・教員として採用されるような人材を目指します。現在はPI・教員の採用数よりもポスドク人口の方がだいぶ多く、競争が熾烈なので、ポスドク期間中の実績がその後のキャリア形成に大きく影響します。


ポスドク期間中にどれくらいの成果(研究・人脈ともに)が出せるかは、どの研究室に所属するかの大きく影響されます。また、どんな人をポスドクとして採用するかで、研究室の生産性は大きく左右されます。このため、ポスドクの採用がどのように行われるかは大学院生・PIの双方にとって重要な問題です。

 

大学院生の採用やPI・教員の採用とは異なり、ポスドク採用はPI一人に権限があることが一般的です。大学院生はポスドクを志望する研究室のPI宛に履歴書(Curriculum VitaeもしくはCV)や志望動機を送り、PIはこれらの資料をもとにさらなる選考プロセスに進むかどうかを決めます。この書類審査に通った場合、推薦状の精査、大学院生の間に行った研究についてのプレゼン、研究室メンバーとの面接などをもとに、ポスドクとして採用するかどうかをPIが判断します。このように、選考プロセス全体を通してPIが中心的役割を果たすことから、ポスドク採用の公正さはPIにかかっていると考えられます。

 

最近の研究で、ポスドク採用の最初のプロセスであるCVの評価に、人種・ジェンダーバイアスがあることがわかりました。

 

科学誌サイエンスの記事(リンクは下)で紹介されている研究では、アメリカのSTEM分野において人種・ジェンダーポスドク採用に与える影響を検討するために、ある実験を行いました。実験の対象は、研究に力を入れている8つの大学に所属する物理学・生物学の大学教授251人。この人たちに、CVのフォーマットが応募者の評価に与える影響を調べていると言って、ポスドク先を探す大学院生を想定して作成したCVを渡し、能力(competence)や雇われる可能性(hireability)を評価してもらいます。しかし、この実験目的は偽物で、本当の目的は人種やジェンダーが評価に与える影響を調べること。この目的を達成するために、内容はまったく一緒で、名前だけを異なる人種(アジア系、黒人、ラテン系、白人)や性別を連想させるものにしたCVを作り、実験を行いました。

 

まずはジェンダーに関する結果です。物理学の分野では、能力・雇用可能性ともに、男性が女性よりも高く評価されました。名前以外は同一のCVをもとにした評価なので、物理学のポスドク雇用においては、女性ということだけでCVの評価が低くなってしまうことを示唆しています。一方、生物学の分野では、能力・雇用可能性の評価にジェンダーによる差はありませんでした。

 

次に、人種に関する結果です。物理学の分野では、アジア系・白人が黒人・ラテン系よりも能力・雇用可能性がともに高いと評価されました。生物学の分野では、アジア系・白人が黒人よりも能力ともに高い、またアジア系は黒人より雇用可能性も高いと評価されました。繰り返しになりますが、CVは名前以外同一です。どちらの分野でも、応募者が特定の人種であるということだけで、CVの評価が変わってしまうようです。

 

人種・ジェンダーバイアスによって、ポスドク雇用が不公平なものになってしまっている。この現状を変えるために、論文の著者たちはポスドクの選考をPI一人で行うのではなく、多様な視点とバックグラウンドを持った人々で構成される選考委員会で行うといいのではと提言しています。

 

わたしが勤務する研究所でも、黒人・ラテン系のポスドクはごく少数です。この原因の一端が採用プロセスにあるのかはわかりませんが、何か積極的な対策をしなければ、状況はなかなか変わらないのではと感じています。

 

科学誌サイエンスの記事
Katie Langin, (2019) Racial and gender biases plague postdoc hiring
https://www.sciencemag.org/careers/2019/06/racial-and-gender-biases-plague-postdoc-hiring?utm_campaign=SciMag&utm_source=JHubbard&utm_medium=Twitter

 

オリジナル論文
Eaton AA, Saunders JF, Jacobson RK, West K (2020) How Gender and Race
Stereotypes Impact the Advancement of Scholars in STEM: Professors’
Biased Evaluations of Physics and Biology Post-Doctoral Candidates.
Sex Roles 82:127–141.

黒人人種差別の根絶に向けた米国アカデミアのストライキ(後編)

前回、アメリカのアカデミアで#ShutDownAcademia、#ShutDownSTEMという活動が6月10日に行われたというお話をしました。研究・教育機関の職員、学生、学術ファンディング機関の職員など、学術とSTEMに関わるすべての人に対して、仕事を一日休み、人種差別の解消に向けて自分が何をしていくかを考えようという活動でした。そうはいっても、いったい自分に何ができるのか、わからない人も多いと思います(私もその一人)。そんな人のために、#ShutDownAcademia、#ShutDownSTEMのウェブサイトには、行動計画の立て方についてのアドバイスが掲載されているので、抜粋してご紹介します。

https://www.shutdownstem.com/

 

計画は以下の3つを達成するように作ろう。

  1. 教育(Education)黒人差別の実態や対策を理解するために、さまざまなリソースから学ぼう。本やブログを読む、映画を見る、ポッドキャストを聞く、ソーシャルメディアで関連する人をフォローする。学びを続ける。
  2. 行動(Action)あなたが影響力を持つ場所では、責任をもって積極的に反人種主義(anti-racist)的に行動しよう。
  3. 回復(Healing)人種差別の被害にあった人たちは、精神的に傷ついている。傷から回復するための時間と場所の確保に努めよう。

 

計画を立てる際は、以下のポイントに注意しよう。

  1. 日々の活動を評価する。あなたは今日、今週、今月、今年、人種差別の撤廃に向けて何をしたのか?
  2. 何を習慣にするかを決める。簡単なものから始めて、徐々に拡大していく。
  3. 初めの目標を正確に決める。#ShutDownAcademia、#ShutDownSTEMのリソースページに、最初の一歩の例が紹介されている。
  4. 日々の活動と初めの目標との関係を意識する。
  5. 計画を達成するのにどんな情報が必要かを洗い出し、情報収集するためのスケジュールを立てる。
  6. 新しい情報に対する自分の感情をコントロールする方法を確立する。日記を書いたり、親しい友人と話をしたり。
  7. 新しく得た知識を多くの人に話す前に、自分の感情が制御できているかを確認する。思いやりの心をもって話すことが難しいと感じるなら、まだ話す準備ができていないということ。
  8. もしあなたがこの問題にグループで取り組んでいるなら、計画の中に多様な人々の意見が反映されているか確認しよう。もしグループの中に黒人が含まれていないなら、グループの外の人からフィードバックを受けよう。なお、黒人の知り合いに協力してもらいたいなら、まず初めに彼・彼女にあなたのことを信頼してもらい、いい関係性を築く必要がある。
  9. もしあなたの計画が、学生の数を増やすという目標を含むなら、#ShutDownAcademia、#ShutDownSTEMのリソースページにある読書教材や、the Particles For Justice(物理学者たちによるアカデミアにおける黒人差別抗議運動のひとつ)からの手紙(https://www.particlesforjustice.org/letter)を読もう。
  10. 読む・聞く、熟考して処理する(知識と感情の両方において)、個人としての活動、集団としての活動、の4つのうちの複数を計画に含めよう。

 

また、立場ごとに、何ができるかの具体例も紹介されていますので、いくつか紹介します。

研究者

  • リソースから情報を得て、大事な点をまとめ、知り合いの人たちと共有しよう。
  • あなたの研究を出版するジャーナルが、黒人差別の解消に向けどのような対策を講じているかをチェックし、科学出版がより公平になるような変化を求めていることを伝えよう。

研究グループのリーダー

  • グループのミーティングで、人種主義(racism)・黒人差別に関連する記事を議論しよう。
  • 入試や雇用において、黒人差別がどのくらい広範にみられるか、黒人差別があなたのグループにどんな影響を与えている可能性があるかを検討しよう。
  • グループの個々人に、構造的人種主義への対策について学びミーティングで発表してもらおう。
  • あなた自身が多様性を受け入れ、反人種主義的態度でグループメンバーに接していることを確認しよう。

 学生

  • 同僚と公平性に関連したジャーナルクラブを定期的に開催しよう。
  • 学部・部署のイベントで、人種主義や黒人差別に対する会話をしよう。
  • 教授に連絡し、社会的に弱い立場の学生をどうサポートするか、シラバスに書いてほしいと伝える。

ファンディング機関の職員

  • 研究助成を受けている研究者の人種構成について検討しよう。
  • 研究助成の採択基準を検討し、黒人に対して不利になっていないか確認しよう。
  • 研究助成の採択に関わる委員の人種構成を確認しよう。
  • 外部評価委員のメンバー構成が適切か検討しよう。

 

リソースのページには、人種差別一般や、アカデミアにおける人種差別に関する本やポッドキャストのリストが公開されています。

https://www.shutdownstem.com/resources

 

以上、#ShutDownAcademia、#ShutDownSTEMが提言する活動計画の立て方についてご紹介しました。私自身、今回の運動をきっかけに黒人差別に関する資料を読み始め、問題の根の深さを実感してきました。機会があれば、米国アカデミアにおける不公平性の現状について調べた内容をご紹介したいと思います。また、今回紹介した提言は黒人差別に対するものですが、男女共同参画など、日本のアカデミアにおける公平性を考えるうえでも参考になるかもしれません。